2009年2月26日木曜日

■つらつら見る夢のまにまに

 朝からずっと雲は切れない。いつ雨が降り出してもおかしくない空模様。
 娘が学校へ行っている間、少し横になる。途切れ途切れに夢を見る。

 今何かを書き出そうとすると、すべて過去のことになる。過去のことに触れなければならなくなる。私はそれが、どうもいやらしい。
 何がいやなのか。振り返ってそれを吐き出すことはいい、でも、それを他人の眼に触れるところで為してその他人を不快にさせるのがいやなのだ。それが今日はっきり分かった。
 それならば書かなければいい。でも書きたい。書いてもう自分の中でも過去の過去として埋葬の儀式をしたい。
 一体どちらなんだろう。それがまだ分からない。

 少し前、仕事をやめたのはもったいなかったということを言われた。本当にそうだと思う。しかし。あの仕事を続けていたら、今の私はなかった。いや、そもそも、私が今ここに生きていられたかどうか、はなはだ疑問だ。そのくらい私は追い詰まっていた。追い詰められていた。生き延びることができなかった。
 だから辞めてよかったのだろう。と思いたい。しかし、私の中には後悔がまだまだ残っているのだ。どうして辞めたのか、と。もっとしがみつけばよかったのではないか、と。当時の私を知る人は、あの仕事を辞めてよかったのだと誰もが言ってくれる。しかし、私自身はまだ納得できないでいるのだ。どうして、と。どうして私が、と。加害者たちが残り私が辞めた、その構図が、許せないのだ。今もまだ。
 性犯罪被害によるPTSDの怖さを、改めて感じる。

 あの後も、せめて編集の仕事からは離れたくないと思い、幾つかの編集部を渡り歩いた。しかし、性犯罪被害による爪痕は思った以上に深く、私を苛んだ。いい加減休みなさいと主治医に何度言われたことか。それでも、私は休むことができなかった。一度歩みを止めたらもう二度と立ち上がれないのではないかと思えたからだ。
 けれど結局、私はそうした仕事も辞めることになる。そうして私は、世界の表舞台から、逃げるようにして離れることになる。

 気づけば、世界と隔絶されていた。そうした場所に私は、一体何年いただろう。はっきりとそれを数えられないし、覚えてもいない。気づけば世界と隔絶された場所にいて、私はただ、そこに倒れこんでいた。そうとしか、いいようがない。
 手首を切り裂く毎日が続いた。流れ出す血を確かめなければ自分が生きていることを確かめられなかった。それさえだんだんと麻痺していく中、私はもう、生きていることが分からなくなっていた。
 ある人が私をそれでも抱きとめて引きとめようとしてくれたとき、私は切腹を試みた。今考えれば恐ろしいことだ。身勝手極まりない。けれどそうでもしなければ、当時私は、そこに存在していることも、同時に存在を消すこともできなかった。
 そんなふうにして私はどんどん、世界から隔絶され、果てはその緒を見失い、まさにその言葉通り真っ暗な闇の只中に浮遊していた。

 今、私のそばには娘がおり、写真がある。
 この二つが、この道程を経て、私に残ったものだ。
 長かった。長い長い道程だった。気づけば15年という年月が流れ、いや、もっと正確に言うならば、38年という年月が流れていた。
 父母による精神的虐待から始まり、DV、輪姦、強姦、挙げだすときりがない。そうした出来事が、私の人生を彩っている。
 それでも今、私のそばには娘がおり、写真がある。たったそれしか残らなかったのかと言われるかもしれないが、あの苦渋の日々を省みればそれだけでもう十分すぎるほどの贈り物だ。そして何より。
 何より今、私のそばには人がいる。友がいる。

 この道程で失ってきた友の数を数えだしたらきりがない。言葉通り墓標となってしまった数もきりがない。
 それでも今、こうして、人に囲まれていること。それは、どれほど感謝してもきりがないだろう。

 そう、感謝しつつ、私は、唇を噛むのだ。
 どうしてあの時あの仕事を手放したのか、と。私の夢は、本を作ること、本という媒体を通して世界のいろいろな人たちに何かを伝えることだった。幼い頃からのそれが夢だった。その夢を私は。
 いたしかたがないと、私の周囲は言ってくれる。それでも。
 それでも私は私を許すことができないのだ。どんな理由があれ、自分の夢を手放したことを。様々な人を傷つけながらもしがみついていたくせに、結局最後手放したあの夢と自分のことを。

 同時に、今ここに自分が存在できるのは、あの職を手放したからだということも知っている。そのことに、繰り返しになるが、私は心から感謝している。

 この矛盾を、私が丸ごと受け容れられるようになるには、まだもう少し、時間がかかる。今はまだ、その許容量が足りない。まだ、私は受け容れることができない。

 もうじき個展だ。この個展の作品たちでモデルになってくれたのは同じ性犯罪被害者の友人たちだ。私は心から感謝している。彼女らがそんなことを厭わずモデルとなり、自分を晒してくれたそのことを、祈りたいほどに感謝している。
 だから、私は少し緊張している。
 彼女らの心を無駄にしないくらいに私はちゃんと作品を仕上げることができただろうか、と。そのことが今、何より気がかりだ。
 作品展が始まったら、私は彼女らに改めてありがとうを伝えたいと思う。あなたたちがいたからあの写真を撮ることができたのだ、と。

 つらつら続いた夢から覚めて、私はそろそろと日常に戻ってゆく。
 窓の外、今にも雨降り出しそうな雲が一面を覆っている。

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