2008年12月2日火曜日

■フリージア(一)

 まだ母とひどくうまくいってなかった頃、それでも母が笑顔を見せてくれたことがあった。今も鮮明に覚えている。

 我が家では、お小遣いは労働制だった。かつおぶしを箱いっぱい削ったら10円、靴磨き一足10円、お風呂掃除20円、と、こんな具合だ。だからといっては何だが、中学の私は、微々たるお金しか持っていなかった。仲間達と学校帰りファーストフード店に立ち寄ることなど、10回に一回、一緒にできればいい方だった。
 そんな私だが、母の誕生日プレゼントはそれまで決して欠かしたことがなかった。小学生の頃は肩叩き券なぞを手作りでプレゼントしていた。
 しかし、中学生にもなって、手作りの肩叩き券というのも何か味気ない気がして私は悩んだ。お財布を覗いては、一体幾らあったら母の満足のいくものを買うことができるのだろうと悩んだ。
 友達に聞くと、みな、結構なものをプレゼントしている。でも私には、バッグやスカーフなど到底買うことは叶わない。そうしているうちに母の誕生日当日になってしまった。私はもう半ば泣きたい気持ちで、町を歩いた。と、そこに花屋を見つける。吸い寄せられるように店の前に立った私の目に、黄色い色が飛び込んできた。フリージアだった。
 そうだ、以前何かの折に母が言っていなかったっけ、「フリージアのあの何ともいえない香りがたまらなく好きなのよ」と。
 私は、もうこれしかないと思った。フリージア一本150円。三本までなら買える。でもたった三本で誕生日プレゼントになるんだろうか。私はとても不安だった。いつもの母の勢いで「こんなものがプレゼントなの?」と、ぽいと捨てられてしまうのではないか。さもなければ、全くの無視か。でも。
 私にはもう選択肢は何も残っていなかった。ハンカチ一枚買うよりも、フリージアの方がまだいい気がした。そして私は恐る恐る花屋の奥に声をかけた。

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