2008年12月1日月曜日

■鉄棒、逆立ちする世界

 病院の帰り道、疲れて立ち寄った公園。ベンチに座り、ぼんやり辺りを眺める。季節柄なのか、遊ぶ子供達がとても少ない。ブランコもシーソーも、乗り手がいなくてしんとしている。
 ふと、鉄棒が目に付いて、私は立ち上がる。近寄って、鉄棒を握ってみる。冷え切った鉄棒の温度が私の手にそのまま伝わってくる。それが切なくて、私は力を込めて両手で握り直す。
 鉄棒で遊ぶ子供達はいない。まだ午前中、大きな子たちはみんな小学校だろう。私は思い切って飛び上がってみた。
 冷たい鉄棒。そこに掴まる私。そして私はぐるりんと逆さになってみる。それまで私の頭の上にあった空が足元に、私の足元にあった地面が頭の上に。世界はくるりんと逆立ちする。勢いをつけて元の位置に戻れば、世界もまた元の位置に戻る。私は何回かそれを繰り返してみる。世界は私の目の中で、くるりんくるりんと、逆立ちを繰り返す。
 そういえば昔は、それが楽しくて鉄棒でよく遊んだんだった。一瞬にして逆立ちする世界。一瞬にして元に戻る世界。ただの鉄棒一本を中心に、世界がぐるぐると廻るのだ。当たり前だけれどとても不思議だった。当たり前のことほど不思議だった、あの頃。今ももしかしたら、そうなのかもしれない。当たり前だと知っているものの数が増えただけで、でも、その当たり前はちょっと視点を変えればとても不思議な代物だったりする。見慣れた風景に本当に慣れすぎてしまって、視点を変えることさえ忘れてるのが、たいていなんだろう。大人になるとちょっと、損をするのかもしれないな。
 私は鉄棒から降りて、再び家路を辿る。家に帰ったら、眠れないまでも少しだけでも横になろう。そしてエネルギーを少しでも溜め込んで、帰宅する娘を元気よく迎えてやろう。それが、私にできること。

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