2008年11月2日日曜日

■セピア色の喫茶店

 娘の留守の日曜日。ぽかんと空いた日曜日。私は通い慣れた喫茶店へ足を運ぶ。途中古本屋に立ち寄り、適当に一冊を選ぶ。その喫茶店は、入り口の扉がちょっと小さい。だから入り口を潜るようにして中へ入る。ミルクティを頼んで、私はしばらく小窓の外を眺める。
 駅前でお祭りをやっているせいだろう。りんご飴を舐めながら歩く人、たこ焼きを口に投げ入れながら歩く人、そんな姿が行き来する。小さな子供は、自分の頭より大きな綿菓子の袋を大事そうに抱えている。
 店にはこの前来た時一緒になった女性客が持ってきた、ストロベリーチョコレート・コスモスという色の花が細い細い花瓶に飾ってある。何とも深みのある色合い。それが、この喫茶店の、少し煤けた壁や椅子とほどよく調和している。
 一人の客は私だけ。本を広げてみたものの、しばし、他の客たちのおしゃべりにこっそり耳を澄ます。

 「B型の人ってほんとマイペースだよね。好きなことしかしないって感じ」
 「そうなんじゃないの」
 「この前突然「葬式に出るんだけど喪服が皺だらけだからアイロンかけて」って頼まれた、B型の人から」
 「何それ、で、どうしたの」
 「かけてあげたよ」
 「頼む方もおかしいけど、かけてあげるのもおかしいんじゃないの」
 「えー、そうかな、だってたいしたことではないし、別にいいと思ったんだもの」
 「そういう相手を嗅ぎ分けるのがうまいのもB型かもしんないな」
 「そういうもんかなぁ」

 「ねぇ、明日どこ行く?」
 「明日は日帰り温泉でも行こうか」
 「わぁ、いいなぁそれ」
 「近場なら大丈夫だろ」
 「嬉しい!」
 「今日は早めに帰ろう」
 「うん」

 「トツさん、久しぶり!」
 「おお、久しぶりですねぇ」
 「俺、毎日ここ来てたんだよ、全然会わなかったけど」
 「ちょっと身体壊してたんですよ」
 「あら、大丈夫なの」
 「ええ、もう大丈夫。ただの風邪だったみたいで」
 「朝晩冷えるからねぇ」
 「熱とかはなかったんですけどね、おなかが何とも。あと鼻水」
 「そうだったんすかぁ。いやぁ会えてよかった」
 「ははははは」

 それぞれがそれぞれに、とても楽しげな表情で会話を続けている。あまり耳をそばだてすぎると、自分も一緒に笑い出してしまいそうになるから、私は慌てて本に目を落とす。濃い目のミルクティが、とてもおいしい。
 あっという間に一冊を読み終える。「福音の少年」。そういえば、かつてこの登場人物である少年たちのような関係を、私は誰かと結んだことがあったっけ。もう遠い記憶にうずもれた相手を、後姿で思い出す。そう、あの人だった。そして私たちはどういう終わりを迎えた? 私はだいぶ冷えつつあるミルクティを口に含みながら、やわらかく当時のことを思い返す。まだ十五、十六の、ちょっと触れられるだけで痛みを覚える年頃だった。

 帰り道、私もお祭りの賑わいに紛れてみようかと思ったが、やめた。なんだか娘に悪い気がして。
 今日はこのまま帰ろう。そして娘に電話しよう。明日会えるね、と。

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