2008年11月14日金曜日

■そう、本当に大好きなんだから

 窓を開けたまま日中を過ごす。薄手のシャツ二枚で十分過ごせるほどのあたたかさ。光があちこちで弾ける。風がやわらかく項を撫でて過ぎる。
 父母が年を重ねるごとに頑なになってゆく。私はそれを、少し離れて見つめている。些細なことで怒鳴り声の電話をかけてよこす父も母も、それでも私の父母であり、いずれは私が世話をすることになるのだろう。どうしたらこの人たちともっと近づけるのだろう。いや、もっと適切な距離でもってお互いにお互いの領分を侵略することなくつきあってゆけるのだろう。三十数年あの人たちの子どもをやっていても、正直、いまだに分からない。それでも、私は彼らを愛している。あの人たちがそれをいくら否定してこようとも。
 久しぶりに家でゆっくり過ごす。あれこれ片付けているうちに、ひょいと思わぬものが出てきた。その昔の娘との交換日記だ。
「おいしいおべんとうをつくってね。ままのことだいすきだよ」
「いじわるとかされたらママにすぐいうんだよ。ママがとんでいくからね」
「むんくのさけびのえっておもしろいね。へんなかおだよ、まま」
「きょうはママがねぼうしちゃってごめんね。こんどからきをつけるね」
 全部ひらがなだ。2006年8月から10月にかけての二ヶ月のものだった。すっかり忘れていた、彼女が一年生の夏に交換日記をやっていたことなんて。
 あの頃娘がとある被害にあって、いろいろ大変だったのだった。二人暮らしにようやく慣れたというのにやってきた災難だった。だから確か、交換日記を始めたのだった。
 日記帳の最後は、娘の絵で終わっている。娘と私とが手をつないで笑っている絵だ。この絵を最初に見たときの気持ちなど、私はもう、忘れてしまっていた。
 日記帳をそっと閉じ、パラフィン紙に包んで本棚にしまった。彼女が大きくなったら、もしかしたらプレゼントするかもしれないししないかもしれない。まだどちらか分からないけれども、捨ててしまうことはとてもできそうにない。
 そうやって片づけをしながら過ごした午後はあっという間に過ぎ。今、外はすっかり暮れ落ちている。娘もやがて学童から帰ってくるだろう。そうしたら。
 今日は、彼女に言われる前にちゅうをしながら言ってやろう。「ママ、あなたが大好き」。そう、本当に大好きなんだから。

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