ひとり眠れない夜。気付けば明け方になっていた。といってもそれは時計の上だけ。窓の外はまだまだ夜闇の中。
私は寝床を這い出して、ベランダに出る。そして三つのプランターのもとへ。
じっと見つめる。空に手を伸ばす小さな手たち、若緑色の芽たちをただ見つめる。
見つめていると、耳の内奥から声がしてくる。それは日本語ではなく、英語でもなく、多分世界のどの言語とも異なっている、声としか表しようのないもの。その声たちが、時に小さく細く、時に大きく太く、語りかけてくる。それはどこか、人の心臓の音に似ている。
私はいつの間にか目を閉じて、その音に身を任す。
今は。
無理に笑顔になる必要はない。無理に大丈夫なふりをする必要もない。変に頑張る必要もない。肩に背中に腹に足に張り付いていた不要な力を、抜けるだけ抜いて、いい。それを咎める者など、今は何処にもいない。
一粒、涙が出た。一粒、頬を伝って土の上に落ちた。
ふと思い出して、中島みゆきの「肩に降る雨」を歌ってみた。
そうしたらそれまで強張っていた体から力がすっと抜けて、私の周囲張り詰めていた糸という糸がすべてふっと解けて、ようやく、とくん、と、鼓動が聞こえた。
その時、突然電話がなる。こんな朝早くに誰からかと慌てて電話機の表示板を見る。親しい友からだ。
もしもし。
もしもし。生きてるかい?
あぁびっくりした、こんな時間に。どうしたの? 何かあった?
いや、何にもないんだけど、何となく空見てたら、空にあんたの顔が浮かんだ
あいやー、私の顔が?
ん。何かあったろ?
…
何かあったな?
大丈夫。今、大丈夫になった。
…。
うん、ちょっと落ち込んでたけど、今、大丈夫になった。
そっか。ならOK。
そっちは? 踏ん張ってる?
足掻きまくりヨ。
ははは、同じだ
そうそう、同じよ、そんなもんさ
恐らく時間にしたら、三分も話してはいない。けれど、彼女が伝えたいこと、私が伝えたいことの全ては、十分に伝わった。多分、きっと。
電話を置いて、再びベランダに出れば。
明るくなってはいるものの、一面雲に覆われた空。でも、この雲の向こうは太陽が燦々と輝いているはず。
今、風が吹いた。さぁ今日も、一日が、始まる。
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