でも或る年。木箱は届かなかった。翌年も届かなかった。そして私たちは父母に尋ねた。今年も柿届かないんだね。
あぁ、おじさん、去年亡くなったからね。
父母は、そう言った。
私たちは知らなかった。柿は毎年送られてくるもので、止むことはないと思い込んでいた。父が生きているのだから同い年のおじさんも生きていると勝手に思い込んでいた。けれど。おじさんは若くして癌に侵され、さっさと天国に旅立ってしまっていた。
柿はもう二度と届かない。そう知らされてから、私たちは急に、その柿が食べたくなった。箱の下の方はとろん、上の方は少し硬い柿の実。種がひとつも入っていないその柿の実。
ねぇ、あれ、何ていうんだっけ。
何?
あの種がない柿のことをさ、何て言うんだっけ。
みしらず柿だよ。
もう二度と食べること、ないのかもしれないね。
多分、きっと。
あれから二十年近くの時間が流れる。私も弟も、みしらず柿をいまだ食べることはない。
命はいずれ消えるもの。どんなに元気にみえた人でも、ふいに消えてなくなってしまうもの。みしらず柿はおじさんの、命の証のひとつだったんだ。あぁ。
おじさん、ねぇおじさん。聞こえていますか。あの柿はおじさんの柿だね。他の誰のものでもない、みしらず柿は私たちにとって、そう、おじさんの柿だったよ。ねぇ、おじさん。
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