2008年11月23日日曜日

■祖母の思い出(一)

 私の祖母は、私が中学二年の時に亡くなった。三十二歳から身体のあちこちに癌ができ、そのたび闘ってきた祖母だったが、最後は全身に転移して、もうどうにもならなかった。
 そんな祖母だから、今思うと、生き急いでいたのだと思う。退院してくるととにかくあちこちに出掛けた。私の人生はどうせ短いのだから、今のうちに楽しんでおかなくちゃ、と言いながら、あれやこれやにトライした。
 そんな祖母との思い出の中でも、私は、おはぎを覚えている。祖母のおはぎは、真ん中にあんこ玉、外側もあんこで包まれている、という具合で、あんこの二重奏になっていた。あんこ好きの私にはたまらない一品で、祖母がおはぎを作ってくれると聴くともうわくわくしながら食べるそのときを待っていたものだった。
 しかし。祖母は、山ほどのおはぎを作り上げると、それを大きなお盆に乗せて、近所に配りに行ってしまう。私たちの分を予め取り分けておいてくれるわけではない。だから私は慌てて祖母の後を追う。でももうその頃には、祖母の掛け声を聞いて集まってきた近所の人たちが山のように祖母を取り囲んでおり、私はもはや祖母に、おはぎに、近づけない状態であった。
 おばあちゃん、おばあちゃーん。あぁどうしたの。おはぎ食べたい。あんたは一番最後。みんなに配ってからね。いつもそうだった。祖母はそう言ってすたすたと歩いていってしまう。そしてまた、或る程度歩くと、「おはぎできましたよぉ」と大きな声で近所の人に声をかけるのだった。
 みんなおいしそうにはぐはぐおはぎを食べている。おばあちゃんはえらい人だねぇ、こうやってみんなにおはぎを配ってくれるんだから。と、誰かが私に声をかける。おばあちゃんのおかげでおいしいおはぎがいつも食べられるよ、ありがとなぁ。と、誰かが私に声をかける。私はもう誇らしいやら恥ずかしいやらで何も言えなくなって、黙って祖母の後をついて歩くだけだった。
 「あぁ今日もすっかりなくなった」。祖母はそう言ってにっと笑う。おぼんにはもう、一つか二つきりしかおはぎは残っていない。全く残っていないこともあったっけ。二つあるときはひとつずつ、一つしかないときは半分つ、祖母とおはぎを分け合って、食べながら帰り道を歩いた。

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