2008年11月15日土曜日

■ブランコとあの子

 小さい頃、私はブランコが怖かった。地に足のつかない場所に座り、それがゆらゆら揺れることが、たまらなく恐ろしかった。
 でも、友達はみな、楽しげに乗っている。上手い子は、ブランコがくるりんと一回転してしまいそうなくらいまで高く漕ぐ。それが、怖いと同時に私にとってたまらなく羨ましかった。
 だから或る時、誰もいなくなった夕暮れの公園で、私はブランコに座ってみた。あの子がやっていたように足で思い切り地を蹴って揺らしてみた。ぐわんぐわん。ブランコは前後に揺れる。ぐわんぐわん。そしてここであの子は飛び降りたんだ。体操選手のように見事に。ほら、えいっ。
 ゴチン。
 無事に飛び降りたと思った直後、私の後頭部は、後ろから戻ってきたブランコに直撃された。今思えば飛び降りた場所が悪すぎたのだと分かるが、その時は何故なのか分からなかった。目から火花が散った。ものすごい衝撃で私は舌を噛んだ。口の中にうっすら、血の味が広がった。
 突然涙がごうごうと零れた。たった一人の公園で、私は声も上げずにただ泣いた。痛いのと情けないのとで私はぐるぐる巻きになっていた。もういい、ブランコなんて乗れなくたっていい。そう思い、走って帰ろうとした時、ばしんっと目が合った。公園の入り口にあの子が立っていた。
 あの子は黙ってブランコと私に近づくと、隣のブランコを揺らし始めた。そして揺れがある程度の高みに達したとき、ぽーんと飛んだ。ゆるい放物線を描いて、彼女はきれいに着地した。私はその間、身動きひとつとることができなかった。

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