2008年11月20日木曜日

■母が作ってくれた服(続)

「もうママの作った服、着たくない」
「なんで?」
「…」
「なんで? あなただけの服なのに」
「みんなにいじめられるからいやだ! もう絶対着ない!」
 私がそう叫ぶように言った時の母の顔を、私は一生忘れることはないだろう。悲しいとも辛いとも違う、堪らない言葉を浴びせられた、そういう表情だった。
 しまったと思った。母の気持ちは私なりに分かっているつもりだった。母はいつだって私の為にと作ってくれている。そのことを私は知っていた。知っていたのに。私は、それを拒絶したのだ。母を、拒絶したのだ。
 母は何も言わず、席を立った。その背中はとても小さく、これまで見慣れている母の背中とは全く違うものだった。
 次の日、私の洋服ダンスには、二着の買ってきたのだろう服がかけられていた。私はもうどうしていいのか分からなかった。一体私は何を着て学校に行けばいいのだろう。買った服、母の作った服、どちらも、もう自分は着ることができない気がした。学校なんてなければいいのに、と心底うらんだ。
 私は結局その日、どちらの服を着て学校へ行ったのか、果たして学校へ行けたのか、正直覚えていない。でも、気づけばそう、私の服は、買ったものばかりに変わっていった。私もやがてそれに慣れ、いつか、母の作った服のことを忘れるようになっていった。
 それが。
 私に娘ができ、母が孫娘にと持ってきた洋服を見て。私ははっとした。
 それらは全部、かつて私が着たあの服たちだった。
 母は何も言わない。私も何も言わない。そのことを私たちは今も何も、言葉交わしたことはない。
 娘は何も知らず、私の服を着て、今学校へ通っている。私のように服のことでいじめられたりすることもなく、楽しげに。むしろ、洋服に縫い付けられている名前が私の名前だと気づくと「わぁ、ママの服だ!」と喜んで、何度でも着るのだった。そんな時私は、何も返事ができない。
 母よ、親というのは切ないものだね。何処までも何処までも切ない。けれど、それdも愛する者のため、それを忍んで抱えて呑み込んで、生きてゆけるものなのだね。
 今改めて言うよ、心の中で。母さん、ありがとう。

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