2008年11月24日月曜日

■祖母の思い出(二)

 一度か二度、私は祖母に頼んだことがある。ねぇおばあちゃん、一番最初に私におはぎを食べさせてよ、と。でも、祖母はからからと笑って、それはできないねぇと言うのだった。なんでと尋ねると、こういうものはね、みんなで食べるからいいんだよ。祖母はそう言った。小さい私には、それがまだ、よく分からなかった。
 今でこそ思う。本当は祖母は、おはぎに限らず、できるなら世界中の人と一緒においしくごはんを食べたかったんだな、と。生きられる時間が限られているからこそ願ったことは、生きているうちにたくさんの人と接し、たくさんの人の中に自分の思い出を残しておきたい、そういうことだったんじゃなかろうか。
 祖母は死ぬ前に繰り返し言っていた。どうせあなたは私を忘れてしまうんだろうね、私のことなんて忘れてしまうんだろうね。だから私は言い返す。忘れるわけないじゃない。私はおばあちゃんのこと絶対覚えてるよ。そうすると祖母は泣きながら言うのだった。私のきれいだったときのことを覚えててね。こんなぼろぼろになって骸骨みたいになった私のことは忘れて、私が元気だったときのことをちゃんと覚えててね。お願いよ。
 もっともっとたくさんのことをしたかった。もっともっとたくさんの人と出会いたかった。もっともっとたくさんの…。祖母はうわごとのようにそう繰り返した。まだ十四、五だった私は、神様を恨んだ。どうしてこんなに願ってる祖母を死なそうとするのか。若い頃から全身を切り刻まれ、それでも生きようと踏ん張っている祖母の命を奪うのはどうしてなのか。恨んで恨んで、果ては憎んだ。
 そうして二月の終わり、とてもとても寒い日に、祖母は死んだ。あれほど生きたいと足掻き願った人が、そうしてこの世を去った。

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