2008年11月17日月曜日

■みしらず柿

 父の友人である松永のおじさんから、毎秋送られてくるものがあった。オレンジ色の柿が詰まった大きな木箱だ。箱は届いてから日陰で半月くらい置きっぱなしにされる。色づき始めた柿は、枝からもがれてこの木箱に詰められる時、日本酒を一升分くらいどぼどぼとかけられて来る。渋柿だった実は、その箱の中でお酒をいっぱいに吸い込んで、渋みを失う代わりに甘くやわらかくなっていく。暗いところに置きっぱなしにされるのは、渋柿がお酒を十分に吸い込むまで待つためだ。
 木箱にマジックペンで書かれた日付通り、二週間待って箱を開けると、台所中がぷうんと甘く発酵したお酒の香りで満たされる。箱の周りに新聞紙を敷いて、そこにやわらかく甘くなった柿の実をそおっと並べてゆく。とりあえず一度全部柿の実を外に出すためだ。実にかけた酒は下の方に溜まるから、下の方に詰められた柿の実の方がお酒を吸い込みやすい。つまり、下に並んだ柿の方が早く、果肉が橙色に透き通ってくる。指で強く掴んだりしたら潰れてしまいそうな、大事に手のひらで包んでやらなければいけないくらいにやわくなっている柿の実。でもこうなった時こそが、父やおじさんに言わせると、食べ頃なのだそうだ。そんな柿の実はナイフで皮を剥くことはできない。その代わりに、半透明の実のヘタの周りに果物ナイフで切れ込みを入れ、ヘタを取る。それでできた穴から、スプーンで実をすくって食べる。
 父はその食べ方を、さも得意げにやってみせる。他の家族はみな、ぎこちなく、途中で皮が破けてしまったりするのに、父の実の皮は最後まで破けることなく食べ終えられる。それは実においしそうな食べ方だった。
 毎年毎年送られてくる柿の箱。食べ終えるのにこれまた半月くらいかかるほどの量で、父以外の家族は、少々閉口していた。そんなふうに多少嫌われることがあっても、柿の箱は、毎年毎年送られてきた。それはずっと、送られてくると私たち姉弟は思い込んでいた。

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